キンパツゴリラの気持ち

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街を歩いていたら居酒屋の看板が目にとまった。場所はたぶん阿佐ヶ谷だったと思う。

看板にはスタッフの似顔絵にキャッチフレーズとあだ名が描かれている。

「カンバン娘 ちほちゃん」
「広島のハニカミ王子 ゆうしゃ」
「のりのりーっ 大将(2ch)」

意味はまったくわからないけど、仲の良さだけは伝わってくる。正直言って僕はこういう人たちが苦手だ。居酒屋の入り口にスタッフの集合写真が貼りだされているとそれだけでちょっと帰りたくなる。一緒にいた人も「これ誰かが辞めたらどうするんだろうね……」などと言っていた。こういう人たちは暗い未来を想像しない。

なんとなく似顔絵を目で追っていると、その中にとりわけインパクトのあるものがあった。

「キンパツゴリラ キャサリン

他のスタッフは「男前」だとか「GREEN」などと書かれている中に、まさかの悪口である。この看板をつくるときもスタッフが集まってキャッキャと相談しながら決めたのだろうけど、「じゃあキャサリンはキンパツゴリラな!」と言われたとき、彼女は何を思っただろう。

似顔絵もよく見ると、目がギャルメイクで原型を留めていないし、鼻なんか点がふたつだけだ。女性の似顔絵を描くときに鼻をこう描くことはまずない。キャサリンがどんな顔なのか、大体の想像がついてしまう。

入店するお客さんも一度はこの看板を目にするわけなので、席についてメニューを持ってきた店員さんが金髪だったら、つい顔を見て「……なるほど」「……キンパツゴリラだ」「……ゴリラ」と思ってしまうに違いない。

キャサリンも慣れたもので、客が名札の名前を確認しようとした瞬間「あっ、今キンパツゴリラって思ったな」と察するだろう。そのときに漂う気まずい空気、それも酒が入ればすぐに霧散し酔っぱらいたちは楽しく会話に花を咲かせる。

それから一時間もして、なんとなく話題も尽きてきたころ、誰かがふと「あれ本当にキンパツゴリラだったな!」と、にやにやした表情で切り出す。他のやつらも「すごいな!」「キンパツで、ゴリラだったな」「ゴリラ キンパツ シナイ ジャングル メダツ シヌ!」など盛り上がる。酔っぱらいの声はとにかく大きいので、休憩室でケータイをいじっているキャサリンの耳にも届く。君に届け。そんなとき彼女は何を考えるのか。阿佐ヶ谷でギャルは生きにくいのである。似たようなことはほぼ毎日あの店で起きているはずだ。そこで働き続けるには、ゴリラの肉体のように強靭なメンタルが必要になる。

 

もしキャサリンが辞めたら、上から大きくバッテンを描いてあげてほしい。