2番レーンから4番レーンまでの興味。

実家の近所にボウリング場があった。徒歩2分。玄関から見える距離だ。

せっかく近所だったのだからもっと通っていれば、今頃は特技にボウリングと書けるくらいになっていたかもしれない。年に数回しか行かなかったのでスコアは100いくかいかないかの平凡なものだ。もったいないことをした。

 

そのボウリング場は自分が小学校を卒業するころには廃業して、本屋になった。本が好きだったので喜んで毎日のように通うことになる。内装はすっかり改装されて、ボウリング場の名残はまったくなくなっていた。

高校生になったころ、中学の同級生がその店でバイトを始めた。特に仲がよかったわけではないが、顔と名前は知っている。

その子は双子の姉妹で、どちらとも一年ずつ同じクラスになったことがあるはずなので、話したことはあると思うのだが、俺には姉なのか妹なのか見分けがつかなかった。

名札を見ればわかるかも、とレジへ向かうと『足立』と名字しか書いてなかった。「どっちかわかんね~」と思いながら会計してもらう。もしかして、とレシートを見たが店員の名前が書いている欄にも『足立』としか印字されていなかったので「どっちかわかんね~」と思いながら自転車を漕いで帰った。

話しかければよかったのだが、双子に「で、どっち?」とは聞きにくい。その後も何回かレジで会計してもらったがどちらかの見分けはつかなかった。三ヶ月ほどでバイトを辞めてしまったようで、答えが出る前に見かけなくなってしまった。

人生で三組の双子に出会ったが、見分けがついたことはない。

 

 

本が好きな子供なら、誰しも図書室や書店の棚を前にして「ここにある本全部読んでみたい」と思うものだ。

ただ自分はかなりネガティブな子だったので、近所の本屋の棚を見ても「全部読むのは無理だな……」と考えるようになっていた。

まず財力がない。それ以上に興味がない。この"興味がない"という事実は、子供だった自分をかなり打ちのめした。

この店にはこれだけ大量の本があるのに、自分が興味を持てるのはごく一部。具体的には2番レーンから4番レーンがあった3列程度だ。

元1番レーンは絵本や児童書などの子供向けのゾーン。元2番レーンは文芸の単行本、元3番と4番レーンが文庫本。元5番レーンはバイクや旅行などの雑誌、元6番から先はなんだったっけ……。素通りしていたので何が置いてあったか覚えていない。

自分にとって面白く読める本は、2番レーンから4番レーンの狭い範囲だけで、しかもそこにある本を全て楽しく読めるわけではなくて、せいぜい十分の一がいいところだろうか。そのことに気付いてから「じゃあ自分が好きなものってなんなんだ」と考え始めるようになった。

去年の秋に、祖父の葬儀で久しぶりに実家へ戻った。元ボウリング場の本屋はなくなって、今はドラッグストアになっていた。